3.31.2008

桜見

人出が多いのは、覚悟して、千鳥が渕に行ってみた。
人波の波の一部分になって、私も、流れるように歩く。

水の両側から、花が迫るところが見所(^o^)/~~~~
軽やかに、淡い色合いが、儚げで、可哀想な優しさ。








ガラスに映る桜も満開

3.26.2008

♥ クッキー♥


手間をかけてひとつひとつ作られた感がありありのクッキーです(^_^)v(^_^)v


この包みを解くと↓








メレンゲも繊細で美味しい!サンドクッキーも、シンプルなクッキーも、大変良いお味でした(^o^)/~~~~

3.17.2008

白い花のように


訃報に気が付いてから、茨木のり子の詩を読んでいる。
少女のころ、アンソロジーで読んで、茨木のり子の詩だと知らなかった(覚えなかった(^^;))が
ずーっと、心のなかに住み続けていた詩が、時間経過とともに、今になって、よく解る気がして、時折(折りにふれ?)思い浮かんだ。
その詩を、ここ(今読んでいる)に見出すと、彼女の総体にぴったり納まる。
『小さな娘が思ったこと』という詩。まったく茨木のり子、私はまったく、小さな娘だった。

茨木のり子の名とともに覚えた『わたしが一番きれいだったとき』は、母達の世代の歌である。
山田太一のドラマに、このままの題名を付けられたものがあり、それはそれは、深い共感を抱かせるものだった。

そのほか、暗示のように立ち現われたのは、『花の名』という詩。これは、今、初めて読んだ。
「わたし」の父は、かって、「女のひとが花の名前を沢山知っているのなんか/とてもいいものだよ」と言った。
その女性が、父の告別式を終えて、帰る列車でのお話。
長い詩の終わりの方で、辛夷の花が、もう、咲いていた、ということが、語られる。
あ!と思う。
私の姑が亡くなって、駆け付けた夜、玄関脇の大きな白木蓮(か?辛夷?)が、まるで、篝火のように、無数の花を、満開に咲かせて、私達を迎えていた。夜目にも著しく。その命日が、今日である!

『建築の記憶ー写真と建築の近現代ー』展 庭園美術館


会場に入って、先ず、大きな熊本城のパネルに圧倒された!1874(M7)年、撮影:冨重利平。日本の写真家としては極々初期の人。現代の駅貼のポスターほど大きく引き延ばされても甘くならない確かなる写真だ。昔の長閑さも見苦しさも、余すところ無く見せる。絵空事でない熊本城が目の前にある!タイムマシンで見に行ったみたいに!ソバージュな力強さと優しさ。

この展覧会で、特に、興味深かったのは、1901年から企てられた『清国北京皇城写真帖』。(撮影:小川一眞、解説:伊東忠太)『北京皇城建築装飾』という双子のような大冊もあり、紫禁城の記録として最高の物だろう。写真の1枚のなかに、西洋服を着た東洋人青年(と見える)が折りたたみ椅子に腰掛けて、スケッチをしている後ろ姿があり、これらの本を作るための一人ではないか、と思った。石畳はふっくらとしていて、金属製コマ獅子(狛犬ならぬ)は陽光を跳ね返している。当時、未だ、清の宮廷が、どうにかこうにか、存続していたところで、このように、密度の濃い撮影や研究が(しかも、日本発の!)入り込めたことにも、想いを遊ばせる。

青森の新しい美術館の写真も美しかった。東北の雪の輝きと重たさ。

ポスターに使われている、みごとにデコラティヴな大階段(東宮御所、1909年)の本写真にはー展示期間が過ぎていた(2月12日まで)のでー対面出来なかった(>_<)